車窓から後ろに流れる景色が薄暗い。
生半可な気持ち。
智論さんは、そういう気持ちで霞流さんと接しているというわけではないと言う事だろうか?
そこで美鶴は少しだけ視線を泳がす。
智論さんって、霞流さんの許婚なんだよね。
智論へ向かって、霞流の事が好きなのだろうと詰ったのは昨日。今思うと滑稽だ。許婚という関係なら、好きでもおかしくはないはずなのに。
でも、許婚って、当人たちの気持ちなんて関係なく決められちゃうんだよね。だったら智論さんが霞流さんの事を好きでもなんでもないって言ったって、それはそれで変でもないワケだし。智論さんだって、許婚なんて形だけみたいなものだって言ってたし。
じゃあ、智論さんは霞流さんの事、どう思ってるんだろう?
「美鶴もさ、少しは自分の気持ちを出してみなよ」
私は、どう思ってるんだろう?
ぼんやりと虚ろな美鶴の瞳を、ツバサがチロリと覗き込んだ。
「でもさ、好きなら好きな人がいるって、ちゃんと金本くん達には言った方がいいよ。金本くんも山脇くんも、たぶん本気で美鶴の事が好きなんだと思うからさ」
そうなのだろうか?
四月に好きだと告げられた時は、聡の言葉も瑠駆真の言葉も素直に信じる事ができなかった。
もしも、もしも二人ともが本気だとしたら、そりゃあやっぱりちゃんと言うべきだとは思うよ。
ツバサと別れ、家路を歩き、やがてマンションに辿り着く。エレベーターの中で一人自分に言い聞かせる。
もしも本当に、誰かが私の事を好きだと言ってくれるのなら――――
目の前の、エレベーターの扉が開く。ズルズルと足を動かす。
だけどさ、そもそも言わなきゃいけないもんなのかな?
生半可な気持ち。
私の気持ちって、どうなんだろう? 自分って、本当に霞流さんの事が好きなのかな? わざわざ聡たちに言わなきゃならないような事なのかな? 言って下手に校内に知れ渡ったら厄介だし。何より今は学校には行けないんだから、知らない間にとんでもない噂とか立てられるかもしれないし。
…… あ、そうか。私、自宅謹慎中だった。なんだかどうでもよくなってくる。
うぅ、忘れてたなんて聡に言ったら、きっとメチャクチャ怒られるんだろな。すごく心配してたって言ってたもんな。あぁ、また家に来るとかって電話掛かってくるのかな?
モソリと携帯を取り出す。
あ、やっぱり聡からの着信がある。メールもあるよ。見たくないなぁ。いつもみたいに消しちゃおうかな。あぁ、瑠駆真からもあるよ。
途端、至近距離で見つめてくる二重の瞳が脳裏に甦る。
うぅ、瑠駆真とはしばらく接触したくないな。だいたい、何が王家だよ。
ドンドンと憂鬱になる気持ちを引きずりながら扉を開けた途端、中から響いてくるテレビの大音量。呆気に取られて玄関で棒立ちになる美鶴へ向かって、リビングから声があがる。
「あぁ〜ら、ずいぶんと遅いお帰りね」
夕飯ないからね、と言いながら煎餅をボリボリと頬張る女性。
「お母さん」
まず一言。
「どうしたの? 仕事は?」
「熱っぽいから休んだの。風邪かしら? 急に寒くなったからね」
だったらおとなしく寝てろよ。少なくとも煎餅かじりながらお笑い番組見てゲラゲラ笑うのはやめて。
うんざりと呆れ気味に靴をぬぐ美鶴へ向かって、母が思い出したかのように首をグルリとまわした。
「あぁ そうそう、そう言えばね」
「なによ」
「あんた、明日から学校行けるよ」
「はぁ?」
学校行けるって、明日は火曜日なんだから学校行くに決まって―――
そこで美鶴は動きを止めた。靴を揃えようと伸ばした右手は中途半端なまま。そのまま無言で母を見返す。視線の先で、母の詩織はボリボリと背中を掻きながらのんびりと告げた。
「さっき学校から電話があったのよ。自宅謹慎はオシマイだってさ」
「な」
何でよ? と問うたところで、この女からマトモな答えが返ってくるとは思えなかった。
「ずいぶんと、お待たせしてしまいましたわね」
言いながら廿楽華恩は、ゆったりとベッドに横たわる。薄っすらと紅を乗せた唇が艶やかだ。とても自殺を試みた、追い込まれた人間とは思えない。
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